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小山の伝説

小山の伝説・小山百景は、小山市教育委員会文化振興課・小山の昔の写真は、小山市観光協会に帰属します。無断転載、再配信等は行わないで下さい。

人から人へ、親から子へと長い間語り伝えられてきた伝説、それは生の郷土の歴史であり、かけがえのない文化遺産といっても過信ではありません。
伝説には多少の脚色があっても、郷土に根ざした先人たちのすばらしい英知や心情には現代に生きる私たちの心をとらえてやまない、不思議な力が秘められているように思われます。

小山の伝説

お知らせ来鼠塚(土塔)

 むかし、近江の三井寺と山城の延暦寺とで、戒壇院を設けることを天皇にお願いした。勅許は三井寺にくだった。すると、延暦寺の僧たちが猛烈な反対運動をはじめたので、せっかくの戒壇院は取り消しになってしまった。
 三井寺に、頼豪阿闍梨と言う人がいた。先年、皇子誕生の祈祷をして効験があり、天皇のおほめにあずかったことがあった。彼は延暦寺の横槍で戒壇院がだめになったのを憤慨して、延暦寺を呪う護摩をたきはじめた。百日たった満願の当日に、精も根も尽き果てた彼は、護摩のなかに倒れ伏して死んだ。しかし、彼の怨念は、石の体と鉄の牙をもつ八万四千匹の大ネズミになって延暦寺に押し寄せ、仏像やお経の巻き物を食い破った。そのうえ、諸国をかけめぐって、田畑の作物を荒0.した。
 そのネズミが下野の国に来たとき、勝軍地蔵が現れて、悪鼠を塚のなかに封じこめた。いま、土塔にある愛宕塚がこれである。塚には、ネズミを封じたという洞穴があって、一名を来鼠塚ともいう。
 村の言い伝えによると、塚の上の石一つを請いうけて田畑に置けば、決してネズミの害をうけないそうである。


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