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小山の伝説

小山の伝説・小山百景は、小山市教育委員会文化振興課・小山の昔の写真は、小山市観光協会に帰属します。無断転載、再配信等は行わないで下さい。

人から人へ、親から子へと長い間語り伝えられてきた伝説、それは生の郷土の歴史であり、かけがえのない文化遺産といっても過信ではありません。
伝説には多少の脚色があっても、郷土に根ざした先人たちのすばらしい英知や心情には現代に生きる私たちの心をとらえてやまない、不思議な力が秘められているように思われます。

小山の伝説

お知らせ千駄塚(千駄塚)

むかし、安房神社の西南のほど遠からぬあたりに、牧の長者というお大尽が住んでいた。広い屋敷のうちには、いくむねも建物が並び、大ぜいの召し使いが働いていた。米倉や絹倉がいくつもあって、めずらしい宝物ばかりしまっておく倉さえあった。
 ある年の初夏のころ、奥州の商人がはるばるやってきて、長者のに一夜の宿を求めた。彼は、千頭の馬に蝋や漆を積んで、今をときめく将軍さまのお膝もとの鎌倉へ、ごっそり売り込みに行くとちゅうだった。今と違って、そのころはまだ旅人を泊めるための旅籠というものはなっかた。お寺やいっぱんの民家のなさけにすがって、雨露をしのぐのである。まして、彼の大部隊がとまれるようなところは、長者館のほかにあるはずもなかった。宿泊を許されて、商人はたいそう喜んだ。一行の人馬がみんな落ち着くには、ながい時間がかかった。
「てあついおあつかいで、まことにありがとうございます。ひさかたぶりに、わが家へもどったような心地がいたします。」
 夕食のごちそうをすましてから、商人は長者の部屋へあいさつに来て、手をつかえた。
 「私は毎年長い旅をいたしますが、このようにゆったりしたやどりは、はじめてです。どうお礼を申し上げてよいやら‥‥‥」
 「なんの、なんの、そのおことばではいたみ入る。まず、こちらでくつろぎなされ。」
  白髪の長者は、にこにこと、商人を客の座につかせた。
 お茶が運ばれた。当時、茶はあらたかな薬とされていた貴重品なのだった。商人は、ますます長者のもてなしに感謝した。月がのぼって、泉水の面に光りの橋をかけた。そよそよと、明るい風が吹いた。
 商人は広く諸国を旅していたから、いろいろおもしろい話が続いた。長者はしきりに相づちをうちながら聞きほれていた。
 ふと、遠くの厩のほうから、ひときわ勇ましい馬のいななきが流れてきた。商人は聞き耳を立てていたが、「明日の日和は間違いありませんね。あれは、私の乗り駒のばんだい黒ですよ。声のひびきで、明日の天気がわかるのです。奥州ではだれ知らぬものもない逸物です。もっとも、今夜は月空のぐあいからでもわかりますが。」
 「ほほう。」長者は感心して、「なるほど。わしも宵にりっぱな馬だと見ていたが、あの黒駒だね。」
 牧の長者は、その名のとおり牧場をもっていたから、馬についてはくわしかった。ひとしきり馬の話になったが、長者もひとつ自慢したくなったらしく、「そういえば、わしもめずらしいものをもっているよ。巨勢の金岡がかいた白いニワトリの掛け軸だが、なんと、毎朝ふた声ずつときをつくるのだ。その鳴き声のすばらしさといったら、それを聞くためにお日さまが顔を出すのではないか、と思うくらいだ。」
 商人は「それはうそでしょう。」といった。だれにしても、信じられないことだった。長者はいよいよ自信をこめて、「全財産をかけてもよい。」といいきった。馬とニワトリとの争いになってしまった。商人も、今日の荷物全部をかけることにした。
 そこで床の間に白鶏の絵をかけて、ふたりは枕を並べて寝た。長者も商人も、すぐにぐっすり寝入った。どちらも、自分の勝ちだと思っているのだろう。
 空の月は、下界の勝負にかかわりなく、しだいに西へ移り、遠い山のかなたにかくれた。ひとつずつ星が消えて、東のほうの空がようやく暁の色に変わりはじめた。と、そのとき、屋敷中にひびきわたるほど高らかに、コケコッコ―と鳴いたのは、まさしく絵のニワトリだった。商人はがばとはね起きて、目をこすった。自分の耳を疑うようすである。長者も身を起こして、床の絵を指さした。
 「もう一声鳴くよ。」
 そのとおりだった。商人はいさぎよく降参した。
 「まことに驚き入りました。私のばんだい黒どころではありません。」
 ――出発のしたくができると、商人は長者の居間へお別れを言いにきた。そして、一包みの砂金を差し出した。
 「これは、ほんのお礼ごころでございます。まったく、もう一度聞きに来たいくらいです。」
 長者は、かけに勝ってたくさんの荷物をもらったのだから、宿のお礼はいらない。」と包みを押し返した。しかし商人は、「かけはかけ、お礼はお礼ですから。」と拒んで、空馬を引き連れて去って行った。むろん、鎌倉さしてではなかった。
 一夏過ぎて、さわやかな風が立つ季節になり、長者館の門前の大ケヤキが色づきはじめた。
 ある日、例の奥州の商人が、またまた千頭の馬に荷を積んで、長者を訪れた。
 「もう一度、あのニワトリの声を聞きたくて参上いたしました。」
 「何度でもけっこうだよ。」
 喜んで商人を泊めることになった。この前のように、床の間に白鶏の絵をかけ、蒲団を並べて寝た。商人が言った。
 「あのニワトリのためなら、私は、今度も積み荷をかけても悔いませんね。」
 「それは、やめにしたほうがよかろうよ。」
 「いや、私はまた負けてもかまいません。もしも私が勝つようなことがあったら、この前の荷物を返していただきましょう。」
 「ああ、いいともさ。」
 長者は、かけなどはどうでもよいらしく、すぐに深い眠りにおちた。
 その夜が明けた。太陽がさしのぼり、部屋の中がすっかり明るくなったが、絵のニワトリは鳴かなかった。長者は腕を組んで、妙なことになったものだ、と首をかしげた。商人が勝ったのである。
 商人は、いちばん大きい砂金の包みを取り出して、宿のお礼にした。
 「それでは、かけの荷物をちょうだいしてまいります。十日ほどしたら、こんど積んできた荷物をもらいにもどりましょう。」
 長者はあきらめて、十日の間商人を待った。しかし、十日たち、二十日を過ぎても、商人は現れなかった。長者は不審に思って、商人が置き去りにした荷物を開かせた。荷の姿は同じだが、なかみは高価な蝋や漆ではなくて、木くずやかわらけばかりだった。これはおかしいと、掛け軸をよくよく調べてみたら、ニワトリののどのところに、一本の針が突きさしてあった。この針のために、鳴けなかったのだ。針を抜いてやれば、また、あのすばらしいときづくりが聞かれるに違いない。絵の前には、大小二つの金包みがずっしりと置いてあった。あの商人は、かけに負けた分は取り返して行ったが、じゅうぶんなお礼をすることを忘れなかったのである。
 「これは、うまくやられたわい。」長者は明るい顔いろになって、ひとりごとを言った。「この勝負は、引き分けというところだな。なんにしても、こんなおもしろいかけは、めったにあるものではない。」
 長者は、思い出のために、商人の荷物をうず高く積み上げ、ひとつの塚を築いた。それは、のちのち千駄塚といわれて、そのすがたを今日まで伝えている。
 ――センダヅカが訛ってセンダンヅカになったのは、いつ頃からのことだろう。

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